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父の残したもの。
さて、先日の続きですが、私の父は生前、軍師、参謀、策士、と言う立場が好きで、
傍で見ていてもその地位がとても心地良い、また居心地が良かったように見受けられました。
当然、軍師、参謀と言う物がいれば、大将と言う物もおり、
父における、1番の大将は、私の祖父で有りました。

ここに父の祖父に対する思いを紹介します。
これは、父が我々兄弟に残したかった物の一部だと考えて居ります。

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平成元年年10月7日
ワープロを上達するためには、息子に何か文章を書く様にと勧められたので、自分の略歴等を記録して置く事にしました。

私は、大阪市立港高校を卒業後、地元、福田商店へと就職し、独立を目指しておりました。
ちょうどもう少しで暖簾分け、と言う話が出ていた頃、
妻とのお見合で、妻の父である、白井真太郎氏に見込まれ、
また、私自身も妻の父である、白井真太郎氏の人柄に惚れ込み
妻、保子との結婚を機に、自分の独立は、きっぱりと諦め、義父の期待に応えるべく、
白井鐵工所を盛立てる事を、これからの一番の目標にと考え、大阪から堺へ、やって来ました。

私が着任した当初、白井鐵工所の仕事はとても順調で、評判も大変申し分ないものでした。
しかし、資金繰りだけは、大きな費用が必要になると、
懇意にしている、大富豪の御知り合いの方から、融通してもらい、当時で、年利30%の高い利子を、 お付けして、お返しすると言う、大変勿体ない事をしておりました。
事務所へ入る事に成った私は、まずこの無駄を無くす為、さっそく、
三和銀行より融資を受ける手筈を整え、経営、特に経理面の改革を行い出しました。

2つ3つ、エピソードも書いておきます。
昭和40年に、義母が、安井氏と言うお名前だと思いますが、その方に依頼して、50坪~100坪の借家用の土地を探してもらっている時、堺市の北野田に良い物件が有ると、教えられ確認すると、予定の数倍あり、あまりにも予定していた物件より大き過ぎた為、諦めかけたところを、たまたま私が、小耳に挟んだので、御母さん、資金は、私に任せて下さい。御母さんの必要分以外は、私に良い考えがある、と話をし、従業員の持家制度を提案し、それを実行したところ、好評で、区分けした土地は全て、完売でき、また購入者の月賦の手配全て調える事で、従業員の定着率が向上し、
同業の鉄工所からも見習いに来るほどで、白井鐵工所の信用、評判を上げる事になりました。

またその頃、義父は、近隣の鉄工所が、臨海へ移転したり、
プレスでのべアリング鍛造の仕事が増え、特に光洋精工㈱様よりのロット数が増えだした事も有り、
設備を増強するには、ぜひとも第二工場が、必要と考えていたようで、
たまたま、昭和42~43年ころ、奈良県が 、県の工業団地へ、企業の誘致を行うと言う話が舞い込み、その話をきっかけに、昭和工業団地へ主に光洋精工㈱様専属の、第二工場を作る事となりました。
さて、義父は、この事業が始めると、資金繰りも含めて、全を私に任せてくれました。
当節私自身も初めての事で手間取る事も、不安もありましたが、何とか全てこれを完了出来、現在の奈良工場として設立を実現させる事が出来ました。
これらの事業が、順調に成功したのも、義父、義母が、私を信頼し、全てを任せてくれ、妻の協力があったお陰で有り、決して自分自身だけでは出来ないと言う事を、ここに記しておきます。

ただあの時は大変苦労したので、先日息子の会社を設立する時は、役所関連の用事は全て、司法書士を利用したところ、費用は掛かりましたが、案外に簡単に出来ました。
20年間たち、私も進歩したようです。

ここで少し、息子達には常々
「要領を本分とすべし」
「戦略は出来る限り練り上げておき、その実行は最速、臨機応変に行う」
と言った事を教えているが、理解、実践出来ているのだろうか、疑問に思う。
本当に要領が悪く、いつまでも頼り無く思う。
ゆえに、沢山宿題を出して鍛えて行くしかないだろう。


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私の感想等については次回に書きますが、宿題はまだまだ沢山残っております。
あと何年もかかるくらい有るでしょう。これも追って報告します。



紫松窯の事を、もっと良く知りたい方は。こちらまで↓
http://www.dab.hi-ho.ne.jp/kabumatsu/

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御挨拶
弊社 取締役会長 故松田正統の葬儀に際しましてはご多用中にもかかわらず、
皆様方には遠路わざわざご会葬を賜り、ご丁重なご厚志をいただき、
また、ご丁重な弔電をいただき、まことにありがとうございました。
取り込み中のこととて失礼申し上げた点も多々あることと存じますが、
なにとぞ悪しからずご寛容のほどお願い申し上げます。
早速拝趨のうえ、御礼申し上げるべきところでは、ありますが、
略儀ながら書中をもって謹んで御礼申し上げます。

 平成20年 5月20日

株式会社 マツダ
代表取締役 松田将英

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尚、この当社会長である父 松田正統の、病について、
数年前から、思わしく無かったのですが、皆様方に、あまり詳しく公表していなかったのは、
この様な、弱小企業の会長ですが、
本人自身の長年の功績で大阪府知事より2回も表彰を頂く実績を持っており、
もし関係者など、お見舞いに御来訪されても当社及び、私自身対応出来かねた為、
本人とも相談し、また本人の意思で、一切を、不問に付す事とし、
その事を、悟られまいと、出来うる限りの努力をして参りました。
その為、今回は、皆様方に急なお報せで慌てさせたかも分りませんが、
その事を、ここに謹んでお詫び申し上げます。
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父と相談したことで、皆様に伝えておきたい事もありますので、
詳細につきましては以降で紹介してゆきます。
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